声:音読さん

「ケツオチライライ」

「早くしなさい!」

しばらくすると、また、

「もう、はやくしなさい!」

ウトウトとしかけて夢の中へ入りかけたアヤカは何度目かの母の大きな声に

「うるさいな。わかってるよ」

心の中でつぶやいた。

 

「聞こえてる、もう早くしなさいよ!」

何度となく言ってくる母の言葉に苛立ちが現れたアヤカは

「今、やるから。やるから。」

投げやりに返事をすると

「やるやるサギじゃないの!」

その母の一言に、

「モウ、イイ!」

反発し部屋に閉じこもった。どうしていつもこうなるんだろう。アヤカは母とのバトルが嫌で嫌でたまらなかった。

 母の早くしなさい。早くやりなさいの言葉に素直になれず、今やってることがあるんだからと自分を優先、どうしても今すぐやらなければならないことがあるわけではない。母の何度もしつこく言ってくる言葉になぜか反発したくなってしまうアヤカだった。

 小さい頃は母の言うことにはなんでも「ハイ」と返事ができたし、言われたことは時間をかけてでもやっていた。のんびり屋で行動が少しゆっくりしていたアヤカに

「マイペース。ゆっくりでいいからね」

母は優しく言ってくれていた。でも近頃は、

「一回いえばわかるでしょ!何回言わせるの。早くしなさい!やりなさい!」

ガミガミとイライラしながら言ってくる。どうしてあんなにイライラしながら、なさい、なさい、ばっかり。本当にうるさい「イライラなサイ」とアヤカは思っていた。母が何か言ってくるときは

「イライラサイがやってくる 大きな声でやってくる♩」

と歌を口ずさんで気分をまぎらわせていた。

 

 そんなある日、いつものバトルが始まり「イライラサイがやってくる 大きな声でやってくる♩」

軽快に口ずさんでいたアヤカの目の前にケムリが立ち上り、その中から全身がピンク色をした、手の平くらいの大きさの女の子?が現れ、

「オモシロい歌ね。イライラサイってどこから来るの」

突然アヤカに話しかけてきた。

「・・・・・えっナニ?」

びっくりして声を出すのがやっとだった。

「わたしロココ。イライラサイに会いたくて、きちゃった」

「ウソ~どこから・・・イライラサイなんかいないもん」

「だってイライラサイがやってくるって」

「それは・・・わたしのお母さん」

「そう。イライラサイってお母さんのことなんだ。なんか珍しいものかと思ってきたんだけど残念。戻るは。じゃねー」

帰ろうとするロココに

「ちょっと突然来て、びっくりさせて、あなたナニモノ!」

「わたし、妖精」

それを聞いたアヤカはジロジロ見ながら、

「言われてみれば、人間じゃないよね。背中にツバサがあるし、突然目の前に現れたし」

「じゃあ戻るね。サヨナラ」

「ちょっと、ちょっと待ってよ」

ひっしに引き留めようとするアヤカに

「だって、イライラサイを見に来たのに、あなたのお母さんでしょ。それだったら」

「お母さんだけど、見てみる価値はあると思うよ。ねえ、だからちょっとお話ししようよ。お願いもあるし。妖精ってスゴイことできるんでしょ」

「どうしようかな~。それよりお願いって」

「聞いてくれるの、ウレシい。わたしはアヤカ。ロココっていうの?」

喜ぶアヤカは手のひらを差し出した。するとロココは手の平の上に降り立ち、アヤカを見上げながら、

「妖精だからって願い事を叶えたりできるわけじゃないからね。期待しないでくれる。アヤカは何か困ってるの?」

「うん、うん。こまってる。お母さん。そうイライラサイのことで」

アヤカは母との関係をロココに話し、どうにかできないかと相談した。

 

「どうにかしたいって、仲良くしたいの?それともギャフンと言わせたい?」

アヤカはロココに言われて、目を閉じちょっと考えた。

「仲良くしたいし、怒らなくなってもらいたいし、ほらイライラしなければ、おこらなくなって仲良くなれるでしょ」

「お母さんがイライラしなくなればアヤカは仲良くできる?だったらオマジナイ。イライラをなくす魔法のオマジナイを教えてあげる」

「本当?そんなオマジナイあるの?」

「あるよ。イライラサイをおとなしくさせるオマジナイは」

「オマジナイは?」

「ケツオチライライ」

「ケツオチ・・・ライライ?」

頭を傾け、考える仕草をしながら

「ケツオチライライ?なんかヘン。こんなんでおとなしくできる?」

「大丈夫。これでイライラがおさまり優しくなる。でもオマジナイの効果が現れるまでは、何度も繰り返し唱えること」

「どれくらい?」

「ず~っと」

「ず~っと、オマジナイを唱えるの?」

「そうだよ。イライラサイが出たら何度も唱えてね」

「そんな~、一回じゃダメなの」

不満顔で言うアヤカにロココは

「イライラサイが来たらオマジナイを何度も唱えること。ちょっとは効果が出るかもよ。頑張ってね」

言いながららロココはケムリとともに姿を隠してしまった。

「ロココどこ?どこに行ったの?それに効果が出るかもって?いいかげんね」

「アヤカ、聞こえる」

アヤカの頭の上の方からロココの声が聞こえてきた。

「ねぇ、どこにいるの?」

「アヤカのソバにいるよ。頭の中で話しかけてみて、会話はできるから。姿は見えなくても大丈夫だよ」

ロココの言うようにアヤカは頭の中で話しかけてみた。するとロココの言葉がアヤカの頭の中でひびき会話できることがわかりアヤカはひと安心した。

 

夜になり、

「お風呂に入りなさい!」

「早く入りなさい。もう早く入りなさい!」

いつものようにイライラサイが現れ始めた。早速、ためしに

「ケツオチライライ」

と唱えてみたが、

「聞こえてる~返事ぐらいしなさい!」

変わらずイライラサイが暴れ出してきた。

「もう!効果なしね。ロココいるの?」

アヤカはちょっと怒り気味にロココを呼んでみた。

「一回じゃダメだよ。何回も繰り返し唱えないと」

姿は見えないがロココの声が聞こえてきたので、言われた通り

「ケツオチライライ、ケツオチライライ、ケツオチライライ」

と何度も唱えてみた。すると

「ナニか言った!ハッキリ返事しなさい。お風呂どうするの!」

イライラサイは、前よりも大きな声で言ってきたのでアヤカはおもわず

「わかってる!ケツオチライライ!」

と大きな声をあげていた。

「ナニ!今のケチくさいって、どういうこと。お母さんナニか悪いことでもした」

「ちがう、ちがう。お母さんのことじゃなくて。ゴメンなさい」

アヤカは慌てて、あやまり

「ぜんぜん効果なし。ロココ!」

その時ロココは

「お風呂どうするの、アヤカ!返事ぐらい・」

と言ってる母の耳元で

「ケツオチライライ、ケツオチライライ。ケツオチライライ、ケツオチライライ」

というオマジナイを何度も唱えていた。さらに、

「ケツオチライライ。ケツオチライライ」

と耳元でささやき続けるロココの言葉が

「オチツケイライラ。オチツケ、イライラ。オチツケ、イライラ。オチツケ、イライラ・深呼吸」

と耳元でささやくとイライラサイのお母さんが声の通り深呼吸を、一度、二度と繰り返した。するとイライラサイのお母さんのつり上がった目尻が下がり、への字になっていた口元がゆるんで顔の表情が優しくなり、

「お風呂、いつでも入れるからね」

と優しい言葉が出てきた。それを聞いたアヤカは

「ウソ~。こんなの初めて。スゴイ!」

と喜んだ。

 それは、姿が見えないロココが母の耳元でケツオチライライというオマジナイをささやき、イライラサイのお母さんを催眠状態にし、深呼吸をさせ落ち着かせていた。

 

 「ケツオチライライ!」の効果はスゴイとアヤカは喜んだ。しかし、しばらくすると

「お風呂いつでも入れるからね」

また同じ言葉、そしてまた

「お風呂いつでも入れるからね」

アヤカはしつこいなと思い始めた。それでも母は

「お風呂いつでも入れるからね」

落ち着いた言葉で何度も何度も言ってくる。やさしい言葉で言ってくる。そして母の耳元では、まだロココがささやき続けていた。母はロココの声により催眠状態に入ったまま、同じ言葉を繰り返すロボットのようになってしまっていた。

 そんなことになっているとは知らないアヤカは母の言い方にイライラとしてくる。その間にも

「お風呂いつでも入れるからね」

という母の言葉。さらにイライラ。

「もう!イライラする」

ついにアヤカはバクハツ。その時、ロココが目の前に現れ

「ケツオチライライ!」

オマジナイをアヤカに向かっていい、そしてケムリとなって消えてしまった。

「ロココどうしたの。どこに行ったの」

ロココを探すアヤカの頭上、遠くからは

「ケツオチライライ!ケツオチライライ!」

何度も何度もロココのオマジナイが聞こえてきたが、それもだんだんと小さな声となり、いつのまにか聞こえなくなってしまった。

「こんなにイライラしている時に、どこに行ったのロココ!」

その時、

「オチツケイライラ。オチツケ、イライラ」

ロココの声が

「ロココ・・・」

「オチツケ、イライラ。深呼吸よ。アヤカ」

「えっ?」

一番イライラしていたのは・・・アヤカは気づいた。そして心の中で

「ケツオチライライ!オチツケ、イライラ」

と唱え深呼吸してみた。するとイライラが消え、笑顔に

「ロココ・・・どこ」

「いるよ。アヤカのココロに」

その時、遠くから

「お風呂いつでも入れるからね」

母の言葉が繰り返し聞こえてきた。

「忘れてた。イライラサイの魔法を解除するのを」

ケムリとともにロココは姿を現し、アヤカに笑顔を向けた。